2013年2月6日水曜日

絵画と三次元、ピカソの場合−4(最終回)   コンストラクションの到達地点



 コンストラクションの変容が進み、イメージとヴォリュームの回帰、彫刻的なあり方が強まったことに対抗するかのように一つの作品が制作される。それがViolin. Paris, 1915(写真1)である。

写真1

彫刻としてのコンストラクションGuitar. Paris, [Winter 1912-13]、絵画=平面としてのコンストラクションGuitar. Ce’ret, spring 1913と同様に、楽器単体がモチーフでありタイトルとされるコンストラクションである。ギターではなくヴァイオリンが選択されているのは、作品としてのあり方の違いを主張しているのだろうか。いずれにしても楽器単体がモチーフとなっている点からも、コンストラクションにおける重要な作品であることが意識されていると思われる。

屈曲した表面を持つパーツごとに、異なる色彩や斜めの網状の模様が描かれている。この屈曲し彩色された表面のあり方は、前回の写真4で取り上げたGlass. Paris, [spring] 1914に近いように思われるが、Glassでは曲面が多様されることでより彫刻的ヴォリュームを暗示しているのに対して、このViolinは各パーツが鋭角的に折り曲げられている。ヴォリュームを暗示するというよりも、作品に対する視線の角度の多様性を強めているという違いがあるように思われる(実際に見た印象では壁からレリーフ状に突出している程度で、今となってはと言うべきかもしれないが、三次元性はそれほど強くはなく、パーツが集まってできたシルエットの方が強く感じられる)。

色数は少なく白、黒、茶、明るい青、そして白の上の黒い網目模様であり、色彩の強度も拮抗していて中心性が弱く分散的な構成である。中心よりも少し下に、太いワイヤーによって作られた円形があるのだが、ほぼ水平に取り付けられているので目立だつこともなく、Guitar. Paris, [Winter 1912-13]などの場合のように中心になることもない。構成全体が分散的でありヴァイオリンのイメージもほとんどなく抽象的な構成になっているのは、12月に取り上げたGuitar. Ce’ret, spring 1913と同様であり、その作品の二次元という形式での完成形に対して、この作品では三次元という形式の完成形を示しているように思われる

この作品こそがピカソによるキュビスム、そしてキュビスムの形式的発展形としてのコンストラクションの、それも最初のMaquette for Guitar. Paris, [October] 1912の場合のように伝統的彫刻の素材と色彩のあり方にも屈しない、形式的な極点、到達点であるように思われる。半世紀以上も後、1970年代半ば以降に制作されることになるフランク・ステラのレリーフ状の作品と直接つながる表現である。

さらに付言するのであれば、このピカソのコンストラクションにおける色彩のあり方は、総合的キュビスム以降のピカソ絵画同様に塗られただけの色彩、色相の表示に終始してもいる。そういう意味ではこの段階での三次元における色彩の限界を示してもいるのかもしれない。三次元におけるこの限界を超える色彩は、ドナルド・ジャッドの色彩が現れるまでほとんど無いように思われる。
また、この作品以後、ピカソの絵画は特有の形体の顕示、表面への固執、イメージの明示などに終始することが多く、形式的な展開はあまり見られなくなるようにも思われる。

この「絵画と三次元、ピカソの場合」を昨年11月から書き進める中で気づかされたことだが、ピカソの制作は、作品を成立させている様々な要素を対比的に構造化しながら、同時並行的に進展している。また、キュビスムの進展の中で、後の抽象と称される絵画に結び付く表現が生まれ、同時にコンストラクションという三次元、伝統的な絵画でも彫刻でもない新たな形式もまた生まれている。抽象画の進展によって三次元のコンストラクションが生まれるのではなく、抽象画以前に既にあることにあらためて気付かされることになった。                                
                                 (古川流雄)                                   


注:201211月から書き進めてきた「絵画と三次元、ピカソの場合」は、2008年に世界巡回展があって、2月にスペインのマドリッドにあるソフィア王妃芸術センター、10月に日本の国立新美術館およびサントリー美術館で見ることができたピカソ展(パリの国立ピカソ美術館の所蔵品による)と、Picasso and Braque, PIONEERING CUBISM, William Rubin, THE MUSEUM OF MODERN ART, NEW YORKの図版を見ての分析、記述になっています。写真、タイトルの引用も同様です。